Blogしゃちょうのブログ

苺デザート

2022.02.17

只今二番果のでかほっぺが収穫できています。
その貴重なでかほっぺをいつでも召し上げっていただこうと考え、
串を指して冷凍することに…。
なんとこれが、暑い時に食べると美味しい冷凍でかほっぺ飴
に変身します。これから温かくなる季節に大人気です。
沢山の方に召し上がっていただきたいです。
そのほか、富士市のダダさんとコラボの
デザートも取り寄せています。
プリンにショコラにオムレット
プロが作ったデザートを召し上がってください。
私個人的には、プリンがお勧めです。

 

れっどぱーる立ち上げ秘話 vol.2

 

[ゼロからのスタート ]

農協の苺部会を抜けた私は、次の事を考えました。

  • 直売所の建設 (とりあえず売る所を・・)
  • 苺の卸し先の確保 (スーパー、ケーキ屋さん)
  • ブランド化 (少しでも高く売りたい)

以上の3項目でした。

申し訳ありませんが、私は市場に対する劣等感が非常に強く、農協時代からたくさん出せば安く買いたたかれ、
価格の交渉権など一切なく、朝起きたら農産物の値段が決められてしまいます。
こような状況から、抜け出したかったので、市場には苺を出さないで何とかする。
常に苺を市場に出さないで動かすにはどうすればいいのかを考えていました。

直売所の建設ですが、どん底からのスタートなので、設備投資の返済・今作の苺の売り上げの減少などにより自由になるお金がなく、
お金の管理は私がしていたものの、経営権は父親にあり、とりあえず家族に相談しました。
家族の誰だってお金のある人はいません。もともと給料が安いのですから。
色々考え、とりあえず新しい建物を建てるのは無理なので、今ある納屋を改装する事にしました。

大工さんに見積もりをお願いし、出てきた金額250万円

勿論そんなお金はありません。
また家族会議です。
さすがの茜もお金はありませんでした。(当たり前ですよね。笑)

そこで口火を切ったのが母親でした。

「自分の子供の為だ。老後のためにためておいた農協の定期預金を解約するよ。その変わり、もう無いよ。」
2~3年経営状態が厳しく、母のお金を経営につぎ込んでいたので、老後用にためたお金も食いつくしていました。泣き泣きの最後のお金を出してくれました。

「必ず返すから。」

これでお金は何とかなり改装工事に取り掛かりました。
直売所は何とかなる見込みがついたのですが、やはり一番心配だったのが、苺の売り先でした。
ほとんど家族と育てている苺としか話をした事がなかったし、
営業なんて考えた事がなかったので、自己紹介すら出来ません。

全てが初めての事だらけで、何もかも必死でした。
数少ない知り合いに声をかけ紹介して頂いたのが、
マックスバリューさんと仲卸の丸大青果さんでした。

価格交渉権がある所を選んだ。というか、この2か所に拾って頂いたのかもしれません。
当時マックスバリュー5店舗 丸大さん経由でアピタ吉原店(ユニーグループ)での販売が決まり、
最初の話ですとマックスさんもアピタさんも売れるようであれば店舗数を増やして頂けるという夢のような美味しい話を頂きました。
これで一安心。苺が出来ても売れる。
(どんなもんだい。俺だってやればできるじゃないか)
ちょっと自信がつきました。

 

苺の生産をしながら納屋のリホーム、販売先開拓を進めていったのですが、最後に取り組んだのがブランド化に向けたパッケージでした。
ここでも壁にぶち当たります。デザインです。今まで私達農家には、デザインなんて{言葉}さえ縁がありませんでした。
お金がない私達は、嫁の茜とパソコンで2日間かかって名刺を作りました。
結構良い出来栄えだと思っていましたが、ある時納屋の改装をしてくれている大工さんにデザイン屋さんを紹介していただいたのですが、
そのデザイン屋さんに

「名刺を作らせて下さい。気に入らなければお金はいりません。」

(お金はないし、タダなら付き合いで作ってもらってみよう)

とお願いしました。数日後名刺が到着してびっくりしました。さすがプロでした。
比べてみると、一目瞭然。自分たちが2人で2日間かけて作った名刺からは、ぷんぷんと、ど素人さが漂っていました。。
2人で自分たちのデザイン力の無さを知り、同時に「餅は餅やへ」という本当の意味を知りました。
それからデザインや、自分たちには出来ない事は、お金がかかってもプロに頼むことにしました。

何とか問題を1つずつクリアーしていき、いよいよ苺の花が咲き始め、期待と不安が募っていきました。
開店の準備として、チラシを作りました。確か1000枚ぐらいです。
これも沢山の方の力を借りて、配り切りました。
当時はパソコンのホームページが、流行り初めぐらいで、お店の宣伝などは、道路の看板を作ったり、地元のローカル紙や、チラシなどで行っていました。
私達が思いつくものは全てやりました。

いちごの生育も割と順調でした。

私は苺の実が大きくなるにつれて、不安がどんどん大きくなっていきました。
(売れるかな? お客さん来るかなー?)
(チラシを沢山配ったから苺が足りなかったらどうしよう?)

苺の実がなる前から不安ばかりでした。
夜中の3時ころに目が覚めてしまいそこから眠れなくなることもありました。
不安の化け物がどんどん大きくなっていきなした。

その頃にも、助けられました。・・・嫁の茜です。

「やれる事は全てやったのだから、あとはなるようにしかならないよ。
考えたって何も始まらないし、皆がついているから大丈夫だよ。やるしかないよ。だって自分が決めたでしょ。」
またもや言われてしまいました。目が覚めました。
(確かにここまで来たらやるしかない。農協を辞めると言ったのも自分だし、全ては自分のせいだ。やるしかない。)
本当に崖っぷちです。その崖も少しずつ崩れてきます。
どんどん崩れてくるのです。前に進むしかないのです。
私には愛する家族がいます。皆で力を合わせれば何とかなる。
頼りになる嫁もいる。

あの気持ちを思い出せ。

「見てろよ 絶対に成功してやる」

平成19年12月12日

直売所のオープンです。

 

Vol.3に続きます。