2022.09.08
先週のブログで9月3日、4日頃には、稲刈りのピークかもしれないと書きましたが、
その予感は的中。
私がお世話になっている静岡経営塾は、毎月の第一週の土曜日、日曜日に
山中湖の研修所で一泊二日で研修を行っているのですが、
帰ってきたらびっくりです。
ハウスの周りの景色が変わっていました。
出発前まで、稲穂が風にそよそよと吹かれていましたが、研修から帰ってきたら、
稲は刈り取られ、稲株だけになっていました。
私は、稲刈りが終わった田んぼを見ると、秋を感じます。
最近では、赤とんぼを見かけるようになりました。
静岡経営塾では、7つの習慣という本を3月から読み、
各習慣ごとに感想文を書き、仲間の前で発表をし、伝えることと
新たな習慣作りを勉強してきました。
481ページあります。
各習慣ごとに感想文を書きましたので、
このブログで紹介していこうと思います。
ハウスの中では、毎日毎日成長を続けえる
苗たちの葉かき作用がメインとなっています。
葉かきをしながら、ランナーピンを取り除いています。
ランナーピンは、苗が小さい時に、根を張らせるために
クラウン部を押さえるための物でした。
それが、苗が大きくなるにつれて、根をたくさん張り、
自分の根で栄養を吸えるようになってきました。
そこで、必要のなくなったランナーピンを回収して、
また来年使う様に袋に入れておきます。
下の写真は、ランナーを挿し始めたころの写真です。
最初のころと比べると大分大きくなりました。
最近では、新入社員さんたちも、毎日苺の苗を観察しているので、
少しの異変に気付くようになってきました。
近頃ダニの一種でもあるチャノホコリダ二というダニが発生してまして、
苗の新葉に影響が出ています。社員さんが、何かあれば、すぐに報告してくれます。
今は、虫に取っても行動しやすい時期ですし、
稲刈りをしたばかりなので、田んぼからも虫が飛んできます。
自然の物なのでしょうがないと思いますが、
毎年、頭を抱えます。
先日女性社員さんが、お願いしてあった休憩室のお掃除当番表を
作ってくれました。
皆さんもこのような当番表見覚えないでしょうか?
昭和の世代の私は、小学校の頃、この表で係を決めたり、
掃除の場所を決めたりしていました。
回しすぎて叱られたこともありました。
何だか懐かしさを感じます。
さらに、段ボールの手作りです。
昭和感満載です。
皆さんこれからお掃除お願いしますね。
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私は、静岡経営塾という経営者が集まる会で、毎月一回の勉強会に参加しています。
経営コンサルタントの杉井保之さんのもと、勉強していることをこの場を借りて、
書かせていただきます。本の感想文であったり、日々の生活の中で、感じたことや、
自分の幸せなどについて、書かせていただきます。
お付き合い宜しくお願いします。
私は以前、自分のことを深堀するために、集中内観に行ってきました。
それから2年が経ちますが、朝の習慣としてトイレ掃除を行っています。
何でトイレ掃除をすることになったかと言いますと、一週間の集中内観を終え過去の自分の行動に懺悔して、
新たな人生を歩んでいこうと決心したのですが、怠け者で、面倒くさがりの私は、
今までの生活リズムのままでは、日が経つにつれ、集中内観の感動や、反省を時間とともに忘れてしまうと思い、
集中内観の体験を忘れなくするためにも、どこかで生活のパターンを変える必要があると思うようになりました。
そこで思いついたのが、朝のトイレ掃除でした。
集中内観では、朝5時に起きてすぐにすることがトイレの掃除、部屋の掃除でした。
私は、以前から毎朝お風呂の掃除を行っていたので、その前に朝のトイレをすることにし、
いつもは5時に起きていましたが、朝のトイレ掃除を加えることによって4時半に起きるようにしました。
朝からいきなり掃除を始めても大変だと思い、仕事が休みの時に試しで掃除することにしました。
最初に雑巾をミシンで縫ってみました。
母親もこうして夜にミシンで縫いものをしてくれたことを思い出し、恥ずかしながら涙を流しながら雑巾を縫いました。
自分が思っている以上に昔のことが思い出され、ちょっとしたことで涙が出てくるようになりました。
出来上がった雑巾で、トイレの壁、扉、窓、窓枠、棚と順々に拭き掃除をしていきました。
思った以上に汚れていて、何度も何度もバケツの水を変えて、掃除しました。
いよいよ便器の掃除に取り掛かったわけですが、便器は水垢や、尿石がひどく、洗剤で洗っても全然きれいになりません。
ホームセンターでたわしの固いようなものを買ってきて、擦ってみることにしました。
これできれいになると簡単に思っていたのですが、擦ってみると簡単には汚れが落ちません。
でも、ゴシゴシ擦り続けると少しずつきれいになっていきました。
(これはやり続けるしかないな。25年の汚れが染みついているんだ。)
と思い、ひたすら擦り続けました。擦っているうちに、昔のトイレが外にあったころの思い出がよみがえってきました。
私は便器を汚しても、自分で奇麗にするわけではなく、母親に掃除をお願いする酷い人でした。
それでも母は嫌な顔をせず、後で綺麗にしてくれました。
自分で汚したトイレぐらい自分で掃除するのは当たり前のことなのに、
それをしないで母親にお願いする自分が情けなくなり、
母親に申し訳なかったことをしてきたと思い出してきて、またも涙が出てきました。
(よし、これからは、自分が毎日トイレ掃除をして家族の皆が朝からきれいなトイレで1日が始まるように頑張ろう!まずは家族の役に立っていこう。)
と思うようになりました。集中内観後は、ほんの些細なことでも昔のしていただいたことを思い出し、
それに対する自分の行動を思い出すようになりました。
トイレも、1回奇麗にしてしまえば、毎日の掃除も短い時間でできますし、
毎日掃除していれば、ひどく汚れることもありません。
次の日から毎朝このトイレ掃除を続けていくことにしました。
トイレを掃除していくうちに、綺麗になっていくトイレが愛おしくなる感覚が出てきて、
トイレを磨いているときには、家族のみんなに、この奇麗なトイレから良い一日を過ごしてくださいと。
祈るようになりました。
最初は、子供たちに「急に何するの?」「気持ち悪い。」「どうせ続かないよ。」などと言われましたが、
一か月経つ頃から、「トイレがきれいで気持ちいい。」と言われるようになりました。
朝トイレ掃除をすると汚れているときがあります。
その時、家族に文句を言いたくなる自分がいますが、昔の自分を思い出し黙って磨くようにしています。
やはり、トイレには女神さまがいるのでしょうか?
トイレ掃除をしていくうちに、自分の心も、少しずつ奇麗になっているように思います。
こういうことを続けていくことによって人として、父親として、認められていくのかな?
と思うようになりました。
トイレ掃除を初めてに2年になります。朝起きると当たり前のようにトイレに行って掃除している自分がいます。
私の一日は、トイレ掃除から始まっています。
家族の皆が朝からきれいなトイレで気持ちよく始められるように、これからも朝のトイレ掃除を行っていこうと思います。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございました。